NHKで、式年遷宮にまつわるドキュメントを観た。
伊勢神宮で行われる、20「年に一回の行事で神殿を移す行事ということは知っていたが、神宝という神に供えられる刀や馬の飾りといったものまで新たに作り直されるとは全く知らず。これらもすべて20年に1度新たに変わるのだ。
多くの神宝のなか、刀を納める方のことばが印象に残った。長野に住む鍛冶を務めるこの方は、親でもある先代からこの伊勢神宮の仕事を受け継いだが、式年遷宮を機に新しく刀を納める過程で、清新の気を得る、つまり生まれ変わる気持ちになると言われたことだ。
非言語コミュニケーションのうち、時間に注目すれば、われわれは自分の暦をどのように刻んでいるのかを取り上げることができる。たとえば、1年や1日をサイクルにしている人は多いだろう。
伊勢神宮で20年を単位に時間が流れているとすると、それはどれほどの長さなのか。物心ついてから経験できる20年の間隔はせいぜい3回、この3回に自分の物語を成就させるものと見ることもできるだろう。
世に忙しい、余裕がないとよく聞く。確かにそうなのだろうが、だからこそたずねたい。あなたの時間のリズムあるいはサイクルはどのようだろうかと。 自分の持ちうる時間はどのように組み立てられており、今どの辺りまでやってきたのかと。
人は太陽と死を見つめることができない、とある人は述べたそうだが、知らないうちに自分が刻んでいる時間の間隔、そして感覚を問い直すことは、死を見つめることでもある。それは急ぐ人生といえども有意義な作業かと思う。
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